小澤俊夫さん   

2005年 05月 19日

私がドイツに行ったきっかけは ドイツ在住の日本人女性に遊びにいらっしゃいと誘われたのが直接のきっかけでしたがあこがれの!小澤俊夫さん および そのご子息であられるオザケンが住んでいた
マールブルグに 行ってみたい!という気持ちがあったからなのです。

http://www.ozawa-folktale.com/


オザケンは フリッパーズも好きだけど 実は 小澤俊夫さんの方を先に知ってファンになり
その後 あ!あのオザケンって 俊夫さんの息子さんだったのかぁって感じでした
ラブリーのころには すっかりミーハーファンになってましたけどねぇ

マールブルグ そりゃあもうとてもキュートな街でした
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こんな可愛らしい 本当にグリムの世界の街で 幼少時代を過ごしたから
あんな リリカルな詩を書けるんだなあって 実感しました
丘の上のお城 聖なる女性のための教会 木組みの家々
メジャーな観光地ではないので あまり知られていない都市ですが
あのグリム兄弟も法学部で学んだ ドイツ4大大学の一つ
マールブルグ大学のある 学園都市でもあります

ちなみに 小澤さんはその客員教授で滞在していたとのこと
出身は 東北大学なので 私の住む仙台にも13年 住んでいたとか
うふ
オザケンと ちっぽけながら つながってるのねん♪

「小沢健二2万字インタビューより」

http://www5a.biglobe.ne.jp/~stc/ozawa-2manzi.html

「ははははは。だから両親とも大学の先生ね。で、新宿病院で生まれて、生まれ落ちてすぐ神奈川県相模原に住んでたんです。住んでたっつっても、すぐにドイツに行くんですよ。2歳かな。で、ドイツに行ったのは親父がドイツの大学に勤めるからっていう、これまた立派な理由で(笑)。だから僕は5歳くらいまで、石畳の、マールブルクというお城のある街で暮らしてました。で、その頃の写真見ると髪が真っ赤で、ほら、喰いモン違うし。髪は赤毛でかわいい半ズボンでハイソックス穿いたような子供なのね。ドイツの記憶はすごくいっぱいあって、とにかく夏はオーストリアで避暑をしたり、スイスに行って遊びに来たおばあちゃんと湖畔で遊んだりとか、おじさんのコンサートをロンドンまで見に行ったりとか(笑)。その頃の写真がいっぱい残ってるんだけど、笑えるくらい絵に描いたようなかわいい日本人の子供として。ドイツ語もペラペラだったけど、その代わりに日本語の本を家でいっぱい讀まされてて。それで日本語で語った『白雪姫』のレコードとかあんのね。でもそれイカサマ臭いドイツ人が無理な日本語で語ってるの。『ムカシムカシ、シィラユウキヒメハ~』っていうのが染み付いちゃって、いまだに日本語がちょっとヘンなんですけど(笑)」

5歳までってことは幼稚園も行くの?

「うん、幼稚園は向こう。キンダーガーデン、子供の園っつうんだけど。そこにオオカミ先生っていうのが居て(笑)、それもまたドイツっぽいんだけど、モロ森に住んでいるオオカミみたいなおばさんの先生がいて。そいつが僕の恐い女の像の一番最初の形になってる(笑)。そいつに噛み殺されるんじゃないかと思いながら。そこでは兄貴に守ってもらいながら、おとなしく家ではドイツ行事に興じてたよ」

ドイツ行事って?

「なんかいろいろあるんだよ。外人はパーティー好きじゃん、いろんなとこ連れてかれるし、、、、、あと、記憶では卵を塗ってたな」

卵を塗る?

「うん。だから一応僕も元キリスト教なわけですよ。で、お祭りのために卵を塗るっていう。卵の中身をストローでチューチューって飲んじゃって(笑)、そこにこうやって描くわけ」

イースターね。

「そうそう。で卵飲み過ぎてこんな気狂いになっちゃったっていうのが本当のところなんですよ(笑)。だから、そのあと日本に帰ってきて『ロッキー』で生卵を飲むシーンがあって、それ小学生とか中学生とかだから結構周りはみんなショックだったんだけど、僕は全然ショックじゃなくて『あ、卵のみてぇ』って」
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by pahi | 2005-05-19 21:05 | 旅行

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